幸田文『闘』

闘 (新潮文庫)

闘 (新潮文庫)

この1年くらいずっと翻訳文学に集中していたので、久しぶりに純・日本語な文章が読みたくなり、幸田文の未読の小説を手にとってみた。小気味よく刃物で刻みを入れていくような文体が大好き。読み出すと目が吸いついたようになって、止まらなくなる。(似たタイプでは石川淳の文章も好き)
結核が不治の病だった時代の療養所を舞台に、患者たちとその家族、治療者たちの人間模様を描いた傑作長編。次々と登場人物が入れ替わるので、「グランド・ホテル形式」の病院バージョン、という感じ。作者のまなざしはきびしく、ごまかしがない。病という難局に放り込まれると、ふだんは取り繕われている人間本来の愚かしさ・弱さがむきだしになる。あーいるいる、こういう人、と苦笑いしたくなるし、自分自身にもあてはまる弱点があばかれて、読みながら思わずドキッとさせられる。
日本語のもつ表現のゆたかさ、自在さに触れることができて、久しぶりに深々と呼吸できた気がした。翻訳文体は簡潔で機能的、それはそれで美しいものだけど、使える語彙が限られるので、やはりどこか「きゅうくつ」な面も否めない……。両方のいいとこ取りで、のびやかな自分らしい文体を作り上げていけたらなー、と思ったのでした。

『トラウマ映画館』

トラウマ映画館

トラウマ映画館

観た人を幸せな気分にする「名画」もいいけど、嘘くさく感じる時もある……。鬱屈した時期ほど暗い映画に飛びついては、さらに落ち込んだりしたものです。こちらは人間性の闇をあばくような、一癖ある作品が次々に登場する映画ガイド。どれもおもしろそうだけど、見終わったらげんなりしちゃうんだろうなー。
尼僧ヨアンナ [DVD]

尼僧ヨアンナ [DVD]

これってポーランド映画だったのね。抑圧された欲望が引き起こす悲劇。『ねじの回転』の前日譚だそう。リリカルな邦題のわりに内容はエグい。

沈黙と饒舌のあいだ

地震後、また本の感想が書けるようになって、ああ、やっぱりプレッシャーだったのね、と気づきました。先月はじめて依頼原稿なるものを書いてみたのです。すごく好きな本の書評だったんだけど……。本当に好きなことを仕事でやるって、言い訳がきかない。書評は向いてないのかもー、とか悩みつつ手探りで書きました。もっと気楽にやれるもんだと甘くみていたようです。トホホー。

『身体のいいなり』

身体のいいなり

身体のいいなり

新聞の読書欄で見かけて即・予約を入れたのですが、図書館ではちっとも順番が回ってこない。めずらしくハードカバーを買いました。
職業はフリーランス、既婚・子どもなしの30代で乳ガンに罹ったら……という状況を生々しくリポートした闘病記です。
本に囲まれて、言葉や理性を大事にして生きてきたけれど、身体の存在を無視していたら、いつか身体に復讐されることもある。そう言われると、活字大好き・運動キライな者としては、ホントそうですねー、わかります!って実感もあり、読んでてけっこう身につまされました。
ふだん誰もが「何か」ありそうと感じていても、見ないふりして通りすぎてしまう「暗がり」に、グイグイ踏み込んでいって、その隠されていた「何か」を「明るみ」に引きずり出す。ルポライターとしてのウチザワさんの才能を、あらためて感じる一冊でした。
世界屠畜紀行

世界屠畜紀行

『世界屠畜紀行』と『センセイの書斎』も、すごく面白いです!

『世に棲む患者』

全4巻の中井久夫コレクション、続刊も楽しみ。第1巻は精神医学関連で、80年代の文章を集めたもの。うつ、統合失調症強迫症境界例など、さまざまなタイプの患者を(治療者からの接し方も含めて)解説してある。職場からドロップアウトして、趣味の友だちや好みの店を増やし、ひっそりと社会生活をいとなむ回復期の患者たち……そ、それって他人事とは思えない行動パターンなんですけど……。
幻聴や妄想のうしろに隠れている権力志向だとか、境界例嗜癖性(どうも患者と治療者の共依存らしい)とか、独裁者には強迫性格が多いとか、興味深い話題が多かった。

『セゾン文化は何を夢みた』

セゾン文化は何を夢みた

セゾン文化は何を夢みた

ひとくちに「セゾン文化」と言っても、ジャンルは幅広いし、作り手・受け手として関わった人数も多い。この本では、セゾン美術館とリブロ(本屋さん)に焦点があてられている。著者である永江さんの体験談や、当時の同僚や上司へのインタビューを通して、個人的な「セゾン文化」への思い入れが次々と語られ、しだいに核心のようなものが浮かびあがってくる構成。
そこには、都市生活者があこがれる何か、豊かで満ち足りた人生の「理想」や「夢」が投影されている。戦前のモダニズムから脈々と受け継がれてきた何か。(それはいつの時代も、暴力や我欲に踏みにじられて消えてしまいがち……)
かつて「セゾン文化」的と呼ばれたものは、アートや芸術といったラベルがはがれて、日々の生活に溶け込んできている。それが役目を終えた、ってことなのかな。

『世界文学は面白い。』

世界文学は面白い。 文芸漫談で地球一周

世界文学は面白い。 文芸漫談で地球一周

いとうせいこう奥泉光が、世界の名作(薄い文庫本に限る)について明るく軽く、時たまマジメに深く鋭く、対談形式で語り合う。ふたりで名作にツッコミ入れたり、奥泉さんのボケが炸裂したりと、かなり笑えました。どの作品も面白そうで読んでみたくなる。
世界の男性作家たちの出世作、愉快なボンクラ小説があれこれ紹介されてます!
予告された殺人の記録 (新潮文庫)

予告された殺人の記録 (新潮文庫)

これは本屋であまり見かけない気が……。今度探してみよっと。