幸田文『闘』

闘 (新潮文庫)

闘 (新潮文庫)

この1年くらいずっと翻訳文学に集中していたので、久しぶりに純・日本語な文章が読みたくなり、幸田文の未読の小説を手にとってみた。小気味よく刃物で刻みを入れていくような文体が大好き。読み出すと目が吸いついたようになって、止まらなくなる。(似たタイプでは石川淳の文章も好き)
結核が不治の病だった時代の療養所を舞台に、患者たちとその家族、治療者たちの人間模様を描いた傑作長編。次々と登場人物が入れ替わるので、「グランド・ホテル形式」の病院バージョン、という感じ。作者のまなざしはきびしく、ごまかしがない。病という難局に放り込まれると、ふだんは取り繕われている人間本来の愚かしさ・弱さがむきだしになる。あーいるいる、こういう人、と苦笑いしたくなるし、自分自身にもあてはまる弱点があばかれて、読みながら思わずドキッとさせられる。
日本語のもつ表現のゆたかさ、自在さに触れることができて、久しぶりに深々と呼吸できた気がした。翻訳文体は簡潔で機能的、それはそれで美しいものだけど、使える語彙が限られるので、やはりどこか「きゅうくつ」な面も否めない……。両方のいいとこ取りで、のびやかな自分らしい文体を作り上げていけたらなー、と思ったのでした。