二月文楽公演『大経寺昔暦』

近松原作の「おさん茂平衛」、はじめて見ました! 映画の『近松物語』の元ネタ。映画だと後半を『冥途の飛脚』の「新口村」とくっつけてあるんだけど、今回その理由がわかった。……だって後半、いまいちなんだもん。たしかに本文は名調子と思うけど、岡崎の在所(田舎?)に関係者一同が勢揃いする、なんてシチュエーションにはムリがありすぎる。
その点「新口村」のほうが断然よくできていて、逃亡中の忠兵衛が実家のお父さんを頼ってきても、すでに官憲の手が回っており……人目を避けるようにして、必死で最後の邂逅を果たすシーンは、悲痛なまでの哀れさが漂い、自然とドラマが引き立つような作劇になってるのでした。
しかし一幕めだけならこちらも充分すばらしく、ちょっとしたボタンの掛け違いが次々重なるようにして、なにげない日常の風景がどんどん悲劇に突入していってしまう展開はみごとだ。シェイクスピアの「ロミ・ジュリ」に近いものがあるかも。
茂平衛の登場シーンもすっきりしてて格好いい。先に敵役から出しといて、ヤボったさを強調しておいてから、女たちの「茂平衛さんのほうがイイ男よねー」とかのうわさ話で、彼の性格や仕事ぶりなんかを紹介しちゃう手際のよさ。近松先生、やっぱ天才?
今日は一幕めにズラーリ8×3人の黒衣が並んで、壮観でした。文字通りの「黒山」の人だかりが……。下女のお玉が自室の暗がりでポツンと座ってるシーンが心に残る。恋する男を救えなかった、悲しい女心がじんわりと滲んでくるようで……。この場面は地の文もとてもよかった。女二人がか弱い肩を寄せ合って、しみじみ嘆きあってる夜の会話から、弱き者たちへの近松の共感が伝わってきて、なんだか泣きたくなるくらいだった。