『樹をみつめて』

樹をみつめて

樹をみつめて

とても長い「戦争と平和についての観察」が圧巻だった。平和のほうが維持のためにどれほど消耗することか、それは終わりのない退却戦に似ている……「勝ち」を手にする日はけして来ない。平時の社会を維持するのはとても難しく、安定期の分裂病(いまは「統合失調症」と呼ぶ)患者の小康状態を保とうとするのと、よく似た困難をともなう。
鋭くて深い考察の数々。攻撃的なところがない淡々とした文体も好きで、中井さんの本は読み終わった端から、また何度でも読み返したくなります。
はじめてヨーロッパの知識人に出会った時の感動を描いた掌編も、心に残りました。あちらの目線に合わせようと「自己」を形成していく日本人は、なぜか、同胞の中では孤立しがちです……。それはもう夏目漱石の時代から繰り返し語られてきたテーマなのに、現在もさして変わりはないのだから、切なくなります、ね。